代表理事あいさつ

「災害」と「新型コロナ」

代表理事 熊坂義裕(医師 前宮古市長)

「よりそいホットライン」が全国を対象としてスタートしてからまもなく10年となる。それは、東日本大震災からも10年が経過したということだ。10年は決して短い時間ではないが、「10年で復興がなされたか」と問われれば、被災地からは「まだまだ」との答えが返ってくるだろう。土地にもそして人々の心にも、未だ大きな傷跡が残っている。被災者のサポートはこれからもずっと必要なのだ。

 そして今年、被災10年目に襲ってきたものは誰も予想しなかった新型コロナ感染症だった。この感染症はなんと災害と似ていることだろう。

 2020年の新型コロナ感染症に関わる「よりそいホットライン」への相談についていくつか見てみよう。

― 長年勤めていた会社が新型コロナウィルスの影響で倒産した。失業保険をもらいながら仕事探しをしていたところ、同居していた母が突然亡くなった。喪失感が辛すぎる。今の気持ちは死んで楽になりたい ―

― 大学がオンライン授業になり、授業のストレスから身体をこわした。心療内科の医師やスクールソーシャルワーカーと会う事もできず、いつも辛い事ばかり考えて自傷行為や自殺をしたくなる ―

― アジア圏からの留学生。アルバイトをして生計を立てていたが、新型コロナ感染拡大後、アルバイトがなくなり無収入状態に。来日中だった夫は新型コロナで帰国できなくなった。在留資格が異なるため就労が許されない。借金をして生計をつないでいるが、もうこれ以上はお金を借りられない ―

― 風俗産業で働いていたが、コロナで閉店になった。住宅確保給付金の申請をしたが受理されず、家から追い出されそうになっている ―

 新型コロナ感染症で、「大切な人や、仕事や、家をなくし、希死念慮が強まる」人々がいる。生活が困窮し心身を病む。「感染したこと」でいわれのないバッシングを受ける。これらは災害被災地の状況ととても重なる。

 新型コロナ感染症の影響が「被災」に近いとすれば、「コロナ前」に困りごとを抱えていた人々が更なる困難に直面していることは容易に想像できる。「コロナ禍」にあって「よりそいホットライン」の果たすべき役割を見直し気持ちを新たにせねばと思う。
 10年前の「よりそいホットライン」スタート時の報告書の巻頭言に、「鳴り止まぬ電話に、何十年も日本社会が置き去りにしてきた声が吹き上がってきたと思った」と書かせて頂いた。

 今の「新型コロナ災害」ではどうなのか。「よりそいホットライン」への新型コロナウィルスに関わる相談数は全体の15%程度であり決して多くはない。そして相談内容は、仕事に集中している。仕事が無くなり生活が困窮するという相談だ。だからこそ私は不安に思う。「相談が実情を反映してないのではないか」と。

この報告書の若年層の相談内容の分析結果を見て頂きたい。相談員は新型コロナ感染症の流行以降のほうが「深刻な悩みのつぶやき」が少ないという。「悩みを打ち明けることを自粛」しているのかもしれないというのだ。福島原発事故からの広域避難の被災者がそうであるように。ウィルスは目に見えず、瓦礫を残すこともない。生活のすべてが脅かされても、コロナが原因だと特定できず、諦念が先に立っている人々がいるのではないのかと危惧するのである。

 感染症専門医としての経験を有する立場から言えば、この、先の見えない状況はあと数年は続くだろう。このような社会だからこそ、もっともっと相談しやすい窓口がなくてはならない。10年の区切りのこの時期にこそ相談ツールや体制についての再構築に取り組まなければならないと考える。

 最後に、年中無休で取り組んでいる相談員、コーディネーター、事務局の皆さんのご尽力に改めて敬意を表します。皆さんの頑張りで、ここまで来ることができました。この報告書をまとめてくださった担当者の皆様にも御礼を申し上げます。そして補助事業として電話相談を稼働させ続けてくださっている厚生労働省、復興庁を始めとする関係者の皆様に心から感謝申し上げます。